オキナワへ単身プチ移住-つれづれなるままに


by wildflower96
カレンダー

<   2005年 07月 ( 19 )   > この月の画像一覧

「沖縄」と「琉球」

何かの本で知ったことだが、企業名等に「琉球」がついているものはアメリカ占領下時代にアメリカが主導して作ったものが多く、「沖縄」がついているものはウチナンチューが作ったものが多いそうだ。

たとえば、琉球がついているものは「琉球○行」「琉球○学」「琉球○送」等・・・沖縄がついているものは「沖縄○行」「沖縄○学」「ラ○オ沖縄」等がそうだ。

これは、戦後米軍が沖縄を占領統治する際、沖縄人に日本人としての意識、また日本への帰属意識を持たせない為に「琉球」と名づけたとか。

要するに米軍はウチナンチューに洗脳を施そうとしたってことですね。その成果は・・・半分失敗、半分成功?なぜなら、私は「自分は日本人とは思えない」というウチナンチュー数人を知っているからだ。それを聞くとちょぴっと複雑な気持ちになるが、でも私は彼らと仲良くやっていますよ。
[PR]
by wildflower96 | 2005-07-13 23:28 | 日記

久々のヒット料理!

今日はホムペ制作関係で打ち合わせのために首里へ行ってきた。
首里は普段なかなか訪れる機会のない土地である。まず、クライアント(と、かっこよく使ってみました。)の事務所へ行くと、そこは狭い坂道をくねくね曲がった高台にあって、首里の街が展望できる・・・・ほどではないが、オキナワらしいコンクリートの一戸建ての集落が眺められるところであった。首里は古くからある町なので、新都心や私が住む町のように、オキナワなのに変な都会色が漂う雰囲気はまったくない。

クライアントさんの運転する車に乗って、西原町に近い山の中にポツンと建っている食堂へ向かった。その食堂は田舎でよく見かけるドライブイン・レストランそのものであった。観光客なら絶対目にしてても入らないところだと思う。

そこに車を止め、めっちゃ暑い外へ出てレストラン内へ入ってみた。中は満席で、案の定観光客らしき人は一人もいなかった。ほとんどのお客がガテン系のおっさん、青年ばかり。それを見た私は「ここは絶対うまいぞ!」と感じた!

ようやく空いたテーブルについて、豆腐チャンプルーを注文。
オキナワの大衆食堂は基本的に「ゴーヤチャンプルー」とメニューに書いてあれば、それはゴーヤチャンプルー単品ではなくご飯とお吸い物がついているのである。それを知らずに「ゴーヤチャンプルーとライス!」と注文した観光客が運ばれた料理を見て仰天。大盛りのゴーヤチャンプルーと大盛りのライス二杯がついていたのだ。これはとても食べられない、ということで無理に友達に分けたという実話がある。

運ばれた豆腐チャンプルーを口につけてみる。

うっ、うまい!!

「美味しい」とか「美味ですわね」とかじゃなく「うまい!」のである。
自分が女であることを忘れてガツガツ食べてしまう。
オキナワに来てから私のハートを射止めた久々のヒット料理であった!長い間ご無沙汰していた旨い家庭料理に出会えた!という感じである。
ただし、残念ながら量的に一般女性の許容範囲を超越していた為に半分残してしまった。本当に悔しい。他にも「田芋の何とか」、「ヒラヤーチー(韓国のチヂミのようなもの)」もちょっとだけ食べさせてもらったのだが、これも酒の旨いおつまみにふさわしい。

なるほど、これだけのガテン系が集まるのもうなづける。量的にも味覚的にもバッチリガテン系好み。しかもリーズナブル。

こういう旨いお店はウチナーンチュに連れてもらうに限る。これが今日得た教訓。
[PR]
by wildflower96 | 2005-07-12 21:32 | 日記
昨日のブログに書いた、雑誌発売日について。
今日、学生時代の先輩が那覇空港にちょい寄るというので、会いに空港へ行った。
待ち合わせまでにまだ時間があるので、あきらめの悪い私は空港内にある書店へ。例の雑誌を探していたら、張り紙が目に付いた。
張り紙にはこう書いてあった。

「内地より4~5日遅れて発売しています。ご了承ください。」

はぁ~。空港でも4~5日も遅れて発売されるのかぁ~。
でも、1日に何便もの那覇-東京往復便が飛んでいるのに、なぜ雑誌は何日も遅れて発売されるんですかね?ひょっとして船便で運ばれるのかな?フェリーの場合、東京から那覇まで3日かかるらしい。
[PR]
by wildflower96 | 2005-07-11 22:02 | 日記
ここ数日、本屋へ通い続けている。7日に発売されるはずの雑誌を買うためだ。7日に本屋へ行ってくまなく探してみたのだが、ない。
まあ、ここは個人経営の書店だから遅れているんだね、と自分に言い聞かせて、翌日沖縄本島で一番の繁華街にあるデパートの書店(リブロという本屋です)へ。
そこにもなかった。

・・・うーむ。2日位遅れることはよくあるかもね。

そして、今日。
今日はおもろまちにある那覇市でもおっきなTUTAYA書店へ。品揃えは割りと豊富なので絶対あるだろう。
ここでもくまなく探してみた。・・・ない。ない。ない。

ここで再認識。オキナワはやはり離島であった。何、当然のことを言ってるの?と突っ込まれそうだが、那覇市に住んでいるとそんなことを忘れてしまうんですよねえ。那覇市って離島にしては結構都会なので離島であることを忘れてしまう。しかも自分の家からちょっと歩いていけばすぐビジネス街だし。しかしね、東京-那覇の航空便も1日にたくさんの便が飛んでいるのに、すぐ届かないというのは納得できないところがある・・・。

それからもうひとつ。
先日オンラインショップで注文したものが届いた。内地(離島以外のところ)は送料430円なのに、沖縄ということで送料1000円要求されてしまった。発送元が東京なんですけど、もし九州の鹿児島の辺鄙なところ(鹿児島の人、ゴメンね)だったら430円で、沖縄だと1000円になるんですか・・・?倍以上もかかるんすか?これには納得がいかないぞ~~。ぷんぷんびーむ!(佐藤タマオより)
[PR]
by wildflower96 | 2005-07-10 22:23 | 日記

オキナワの結婚式

日曜日の午前TVを見ていると、一般人の結婚式の模様を映すローカル番組がある。約10分か15分位で、最初は「えらく長いCMだなあ」と思っていたのだが、よくよくみると、ちゃんとした番組で沖縄県民のカップルの結婚式の様子を放映しているのである。

何組かの結婚式の様子を見て驚いたことは・・・
余興の内容が内地、いや、私の地元ヨコハマや東京、関東地方のそれとは違うのだ。
まず、余興の数が多い。それも内容に凝っている。東京の方では、余興といえば、打ち合わせする時間も限られていることもあるし、シャイな人が多い?ということもあって、歌、またはスピーチ、それから簡単な寸劇が多いのではと思う。
ところが、オキナワでは凝りに凝っているというか、ある者はわざわざテニスウェアに着替えて寸劇をしたり、ある者は本当に裸になって湯桶を持って裸踊りをしたり。また、グループで歌を歌うにしても「相当練習をしてきたな」とうかがえるほどの楽しいコーラスだったり。中にはプロ?にお願いしたのか、琉球踊りの催し物もあった。
それともうひとつ、ぶったまげたのは、結婚式の招待客がハンパでなく多い。芸能人の結婚式?と思っちゃうほどの招待客がテーブルについている。その為、新郎新婦が遠くに見えるのだ。ウチナーンチュの話では普通200~300人は集まるねと。

オキナワの結婚式はオキナワらしく陽気。

地域が変われば結婚式も変わるってことかな?関東地方以外の地域の結婚式はどんな様子なんだろう?
[PR]
by wildflower96 | 2005-07-08 22:28 | 日記

招かざる訪問者

友達の事務所から戻ってくると、いきなり玄関のベルが鳴った。
「誰だぁ?」とドアを開けると、見知らぬネクタイ姿の青年が立っていた。

「突然でおそれいります。私、今日福岡から飛行機でやってきたんですよ」
といきなり言うので、うちはてっきり引越し挨拶かと思い、ドアを少し大きく開けてしまった。

そしたら、ぐいっと少し前寄りに出てきて名刺を見せながら
「あの、私、布団のクリーニング会社の者でして、お宅の布団はまだクリーニングに出されていないでしょう?」

・・・・・・・布団クリーニングのセールスかよ。

「いや、うち、布団は2ヶ月しか使っていないから」(ほんとは3ヶ月だけど)
「え?2ヶ月?でも、こちらは湿度が高いからカビとかいっぱいですよ。汗臭いですよ。」

し、失礼なっ!お前の布団と一緒にするなっ!

「いや、いつも干していますから」
「いやいや、干しても完全にきれいになりませんよ。ここはクリーニングに出したほうがいいですよ。」
「・・・・・・・」
「あ、一人暮らしですか?」(と言いながら玄関の靴をちらっと見る。)
「・・・・・ひ、一人暮らし・・・」(玄関を見られてしまって、ごまかしようがないので目を泳がせてしまう)
「そうですよね、このマンションは一人暮らしがほとんどですよね。」
「・・・・・・・」
「それなら尚更布団をクリーニングに出したほうがいいですよ。洗濯する暇もないでしょう?」
「・・・・・・・」
「あ、沖縄の人ですか?」
「いや、向こうです」
「どこですか?」
「東京です」(ほんとはヨコハマだけどさ)
「おいくつですか?」

・・・・・・・なんで聞く?布団のクリーニングと関係があるのか?!

これもまためんどくさいので相手はおそらく30歳だろ?と計算して
「36だね」(これでどうだ?)
「え・・?36?・・・僕もそうなんですよ!」

ちっ。しくじったか。いやいや、こちらに合わせている可能性もあるぞ。

「ふうん」(しらけ顔で)
「・・・・・・・・・あの、布団のクリーニングはいかがいたしましょう?」
「いや、結構です。」
「(一瞬顔を曇らせて)あ、そうですか。それでは、また訪問させていただきますので、その時もおしゃべりしましょうね」
ドアを閉めた後に、誰がおしゃべりするかっと毒づく。

しかし。最終的には断ったといえども、半分はすっかり彼のペースに乗せられてしまったようなもの。
これを教訓にセールス対策を考えねば。

しかしね、うちんとこはオートロックなんですよ。1階の入り口で各部屋の番号を押して呼び出す場合モニターTVに訪問者の顔が映るのだが、今回はモニターTVに人の顔が映らなかったので、マンションの住人かな?と思ってドアを開けてしまったんだな。(自分の部屋の玄関のベルだとモニターTVに顔が映らないのだ。)まんまと落とし穴にはまってしまったという感じですな。
[PR]
by wildflower96 | 2005-07-07 22:29 | 日記

オキナワの道路事情

自分がまだ観光客だった頃、友達とレンタカーに乗り込んで恩納村方面へ向かったときのことである。

内地から飛行機で午前9時頃に那覇空港に着いて、早速レンタカーを借りて友達の運転で那覇市内を走った。すると、普通自動車、軽自動車、トラック等あらゆる自動車が同じ方面3レーンのうち、2レーンしか走っていないのである。要するに残りの1レーンはがら空き。その時間帯はたまたまラッシュアワーだったらしく、2レーンが渋滞中。
友達と不思議な顔をして「こんなにがらがら空いているのに、なんでみんな走らないんだろう?」と話しながらも、我々はそのがら空きのレーンを走り続けたのだ。前を見ても後ろを見ても誰も走っていない。時々バスが走るだけ。独り占め状態だったので、ウハウハしながら恩納村へ向かった。

その後に聞いた話なのだが、朝夕のラッシュ時間帯は3本のレーンのうち、1レーンはバス専用となって、バス以外の自動車は走ってはならないことになっているそうだ。道理で隣レーンの車からの視線が痛いと思った。(まあ、自分が住んでいたハマにもそういう道路があったけど、オマワリがいない限り結構みんな無視して走っていたし。)

えっ・・・。
ということは我々は「こんなにがら空きのレーンを走らないなんてもったいないよなー。みんな、何考えてんだろーねえ」と、でかい顔をしてそのバス専用レーンを小型自動車で走ったってことか??!!そう思ったら急に恥ずかしくなった。

今でも時折、朝夕の58号線のバス専用レーンを何の疑いもなく走る「わ」ナンバーを見かける。それを見るとかつての自分たちを見ているようで「クスッ」と笑わずにはいられない・・・。
[PR]
by wildflower96 | 2005-07-06 23:20 | 日記

「B円」

先週、オキナワでおいしいといわれているラーメンを友達数人と食べに行った。そのときの会話に出てきたのが「B円」。

「B円」?

ウチナーンチュ曰く、戦後直後の米軍占領下のオキナワで流通した通貨のことだそうだ。ドルで買い物をしていたとか、内地へ行くのにパスポートが必要だったとか、自動車は右側通行だったとかそういう話は聞いたことはあるが、「B円」は初耳であった。正式名は「B型軍票」。調べてみると戦後直後から1958年まではB円が正式通貨。その後は日本へ返還するまではアメリカドルが使われていたとのこと。

今のオキナワは当然日本円が正式通貨だが、国際通りのお店、お土産売場やバーではアメリカドルも通用するところがある。おみやげ売場はどういう風に計算しているかわからないが、以前行ったサルサクラブでは100円=1ドルとして計算していた。結構適当なんですね。(今のところ、1ドル=111円なので払うなら日本円のほうが得ってことですかね。)
[PR]
by wildflower96 | 2005-07-05 22:30 | 日記

ある米軍兵士の葛藤

こないだ、久しぶりにクラブへ。今度は那覇市内。

ちょくちょく行っているわけじゃないので、外人だらけのクラブに入るのにちょっとびびってしまう。今度は黒人ばかりなのでますますびびりながら入る。

そのクラブ内でどう見てもやけ酒を飲んで手当たり次第女の子を引っかけているとしか思えない白人となぜか話した。彼は言うまでもなく米軍兵士。妻子あり。日本語が少しは話せる。(ワイフが日本人らしい。)

はじめ、酔っていた彼がだんだん正気に戻った?のか、友達と二人でいろいろ彼のつたない日本語で身の上話を聞いていると、なんと彼は4日にイラクへ発つのだという。そのときの彼の表情は明らかに複雑な気持ちがこもっていた。「国の命令だから仕方がなくイラクへ行くのだ」という気持ちがありありと彼の言葉の端に表れていた。

イラクへ行ったら生きて帰ってくる保証が100%あるわけではない。
彼の妻も胸をしめつけられるような思いで彼の帰りを待つことになるだろう。(友達によると彼はもうワイフとは終わりだ、と言っていたらしいが・・・・汗)

それでなのか、クラブで女の子にからむ等やけを起こしているように見えたのかもしれない。そのからみようは普通ではなかった。

今頃はもうイラクに着いているだろうな。(米軍の飛行機なら短時間でイラクへ行けるらしい。ハワイまで4時間で行けるとか。)
彼が無事に帰ってくることを祈って。
[PR]
by wildflower96 | 2005-07-04 22:58 | 日記